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北越紀州製紙/新潟工場100周年の記念式典を開催


%e5%8c%97%e7%b4%80-%e5%b2%b8%e6%9c%ac%e7%a4%be%e9%95%b7 北越紀州製紙では1916(大正5)年に同社新潟工場の前身「北越板紙」が操業を開始し今年で100周年になることから、9月1日新潟市中央区のANAクラウンプラザホテルで記念講演会および記念式典・祝賀会を開催した。
 記念講演会には約400名が参加、同社常務取締役・新潟工場長の青木昭弘氏が主催者挨拶を述べたあと、事業創造大学院大学客員教授でテレビキャスターとしても知られる伊藤聡子氏が「地方創生と企業の役割」をテーマに講演。終了後は約150名が参加し記念式典・祝賀会が催された。記念式典では同社の代表取締役社長である岸本晢夫氏(写真)が主催者挨拶に立ち、大要以下のように述べた。

 「当工場はこの100年に幾多の波乱に満ちた時代を乗り越えてきた。なかでも1964(昭和39)年6月の新潟地震による被災は当社存亡に関わる苦難であったが、全社一丸となって再建を果たすことができた。また10年前の王子製紙による敵対的TOBの際、泉田知事、篠田市長をはじめ第四銀行、北越銀行などの地元企業からご支援をいただいた。お陰様で当社の自主独立経営が支持され、勝利することができた。これらの苦難をバネに、この10年国内の印刷・情報用紙需要が20%以上縮小するなか、新潟工場は30%を超える生産規模の拡大を果たし、年間111万tという日本最大の印刷・情報用紙工場となり、その結果、当社は昨年来新潟県内で売上規模が最大の製造業となった。

 新潟工場にとってこの100周年は1つの通過点であり、次の100年への出発点である。新たな100年に向け、私は次の3つの施策を強力に進める。

 1つは環境重視の経営の推進。当社グループは原料から製品まで環境へのあらゆる影響を最小限にする『ミニマム・インパクト』を基本方針とし、業界に先駆けた環境対策を積極的に進めてきた。紙を生産する際の二酸化炭素排出量の少なさでは国内トップを維持し、業界平均の約半分である。また、新潟工場は化石燃料のなかでも二酸化炭素排出量が少ないエネルギーにシフトするため一昨年天然ガス発電設備を導入、昨年5月には太陽光発電設備を稼働させた。今後も環境負荷低減につながる環境投資を実施するとともに自然エネルギーの有効活用を行い、二酸化炭素排出量の削減に取り組んでいく。

 2つめは新潟の経済と雇用への貢献。生産活動を通し持続的に成長することで、地域のサプライチェーンの一端をも担う企業グループとして新潟の地域社会に対し責任を果たしていく。国際空港や港湾・新幹線・高速道路網が整備された交通の要衝である政令指定都市、新潟市の中心に位置する工場として、国内はもとより世界市場で戦える競争力をさらに強化すべく設備投資を継続・拡大する。新潟工場は断裁設備の増設などにより輸出30万t体制が整った。世界の国々へ新潟東港を起点に輸出拡大を図って新潟への経済貢献を果たし、さらに新潟県内で最大のメーカーとして雇用機会を提供し続ける。同時に新潟県の人口減少対策の一環である『県外在住ひとり親家庭』に対する『Uターン・Iターン支援事業』などへも参画し、県の人口減対策にできる限り協力していく。

 そして3つめは地域に根差した活動の充実。新潟工場はこれからも地域との対話・交流を大切にし、地域との共生をテーマにさまざまな地域活動を実施する。とくに年間2、500人もの来場者がある工場見学については、『より工場に親しんでいただけるよう』『より紙に馴染んでもらえるよう』、紙を実際に生産する体験なども織り交ぜ、満足してもらえる工場見学を提供し、グローバル・オープンファクトリーを目指す。

 これからの100年もわれわれは『紙づくり』に専念する。製紙業界を取り巻く環境はきわめて厳しく決して平坦な道ではない。新潟工場の主力商品である印刷・情報用紙は日本だけでなく海外でも電子媒体へのシフトなどにより需要減少を続け、市況も軟化傾向にある。しかし、工場の新たなキャッチフレーズである『地域と自然と共生し、新潟から世界へはばたくグローバル・オープンファクトリー』として、これまで幾度となく難関を突破してきたように、全力を傾注し難局を乗り切っていく所存である。今後とも変わらぬご支援をお願い申し上げる」

 岸本社長挨拶のあと新潟県知事の泉田裕彦氏が来賓祝辞を述べ、次いで工場近隣の自治会への感謝状授与が執り行われた。続く祝賀会は新潟市長の篠田昭氏による乾杯発声でスタート、会場では祝賀ムードで盛り上がり歓談が弾むなか、当日予定していた行事はすべて終了した。

(紙パルプ技術タイムス2016年10月号)

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